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参加者の旅日記
「湯めぐりツアー」 参加者様より、紀行文を頂きましたのでご紹介いたします。
私の旅行記
修善寺の旅 2007年




〈2月22日〉
南町田10:15→バスで冬景色の東名高速路を。途中、あわず桜が眼に入る→足軽サービスエリアで休憩→沼図から修善寺へ 伊豆の山々 菜の花畑 昼食は菊屋の近くの「わらしな」で名物そば→菊屋へ荷物を預け、旅の達人町田さんの案内で梅林へ(天候の関係で日程変更 )→修善寺の町 散策→菊屋泊(広々とした客室 たっぷり温泉につかる)
〈2月23日〉
朝食8:30〜 出発10:45→伊豆洋蘭パーク→韮山反射炉→蛭ケ小島→江川邸→南町田16:45着。

1日目

修善寺温泉 湯回廊 菊屋


玄関を入ると右側に菊花石があった。標識板には「古代からの海底隆起の繰り返しの中で、2億7千万年前の堆積岩の中に咲いた石灰岩による天然の結晶花」と記されていた。下がその菊花石。
出発前のわずかな時間に撮影。


 昼食後、「旅の達人と歩く! 修善寺ウォーキング」の予定であったが、天気予報によると、天気はくずれそうとのこと。日程変更が発表され、「修善寺梅林」とその後、「修善寺ウォーキング」に。私は「晴れ女」なんだけど、とつぶやいてみても始まらない。予報通り夕方から翌日午前中、雨。予定変更は正解でした!
修善寺梅林

修善寺ウォーク



左は独鈷の湯。弘法大師が孝行息子に感激して、父親の体を拭く湯を用意するため、独鈷で地を掘ったら温泉が湧き出したと伝えられている。川原の中に今も湧出。

修善寺温泉 湯回廊 菊屋

仰空楼と読める。菊屋本館跡。筥湯を作り、一般に公開している。菊屋は戦中、疎開者用に供し、戦後取り壊し。今はその別館をリニューアル。古くから、この地方の老舗旅館。


いたる所、こまやかな心遣いが見えるゆったりとした空間。リビングと寝室が別々。
荷物をとりに往ったりきたり。ゆっくりくつろげた。

飾り雛が回廊一杯に。
これ、かわいいでしょ。
2日目

洋蘭パーク

韮山反射炉〜蛭ヶ島

蛭ヶ島(源頼朝配流の地跡)
 このあたりを韮山町4丁目字蛭ヶ島といい、平治の乱で敗れた源義朝の嫡子兵衛佐頼朝配流の地といわれている。
 狩野川の流路変遷の名残をとどめてか、近在には古河、和田島、土手和田等の地名が現存するところから、往時は大小の田島(中洲)が点在し、その一つがこの蛭ヶ島であったことが想像される。
 永暦元年(1160)14歳でこの地に流された頼朝は、治承元年(1180)34歳で旗挙げ、やがては鎌倉幕府創設を成し遂げることになるが、配流20年間における住居跡等の細部はつまびらかではない。
 「吾妻鏡」は、旗挙げの準備は妻政子の父北条時政の館で整えたとある。このことから考えると、頼朝は治承元年(1177)ころまでの17年間をここで過ごしたといえよう(上の案内板の一部から)
江川邸


屋根は釘を使わず、木を組み合わせて作る。地震に強い建物。土間は三和土(たたき)。黒土・砂利・石灰をまぜて、たたき固めた。作業をここでした。

 
修善寺温泉 湯回廊 菊屋
所在地/静岡県伊豆市修善寺874-1
電話番号/0558-72-2000

南紀白浜の旅 2007年10月
奥飛騨の旅 2007年4月
修善寺の旅 2007年2月
初秋の箱根 2006年10月

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